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海外研究員派遣(スタンフォード大学)

スタンフォード便り
 by 田代雄介

こんにちは!わたしは現在、MTECの研究員である傍ら、客員研究員としてスタンフォード大学のコンピュータサイエンス学科に在籍しています。「金融分野の研究所であるMTECの研究員が何故コンピュータサイエンス学科に?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません(実際、時々聞かれます・・・)。そこで、何故ここにいるのか、何を研究しているのか、どんな日々を過ごしているのか、等を簡単にご紹介したいと思います。

1 スタンフォードを訪れるまで(~2018年12月)

バックグラウンド

東京大学大学院 情報理工学系研究科で学生生活を送っていたとき、友人からMTECのインターンシップを教えてもらい、よくわからないまま参加したところ、なぜか2011年4月に入社することになりました。

入社当初は、資産運用・リスク管理など金融業務における実践的な課題を金融工学の知識を用いながらオーソドックスに解決することが多かったのですが、最近はニュース等のテキストデータから抽出した企業評価に関係する情報のファンド運用への活用や、マイクロ秒単位の高頻度注文データを用いた市場や投資家の動向分析など、データや分析手法が拡大・複雑化する傾向にあるように感じていました。

スタンフォードへ

金融領域におけるAI・機械学習の重要度が増していることをヒシヒシと感じつつも、理想的な仮定の下での金融工学とビッグデータから見えてくる現実とのギャップを埋めるには、今の知識だけでは限界を感じていたところ、

「2年間、スタンフォードに行って研究に集中!」

というまさに青天の霹靂のごとき業務命令を受けました。大企業なら留学制度があるのかもしれませんが、弊社のような規模の研究所ではなかなか有り得ない話です。こうした機会をいただけて本当にありがたい限りです。ただ、初めての試みなので、自分でコネクション作りから始めるのはけっこう大変でした。

本格的に話が進んだのは渡米の半年前くらいで、かなりタイトなスケジュールとなりました。「行くからにはなるべく幅広く知識を身につけたい。理論と応用の両方をカバーできるようになりたい」という欲張りな希望を叶えてくれそうな先生・・・ということで、機械学習の理論研究を行いつつ社会への応用も研究されているStefano Ermon先生にお願いしたところ、幸運にもご快諾いただきました。研究テーマは悩んだ末、渡米前に行っていた資産運用関連の研究と機械学習のミックスにしましたが、これは会社への貢献を意識したためで若干後悔することになりました(後述)。他にもビザなどの事務手続きや住居探し、英会話スクールでの特訓などやることは多く、渡米までの数ヶ月はアッという間に過ぎ去りました。不安で心が折れそうになり会社で涙することもありましたが、綱渡りのスケジュールを何とかこなし、ひとり寂しいクリスマスを無事にスタンフォードで過ごすことができました。

そうそう、住居は大学から近いところに決めたのですが、運転免許を持っていないことを皆から心配され、自転車だと大変だよ~と言われてしまいました。実はその時はまだ自転車に乗れず(生まれてから乗ったことがなかった!)、こっそり土日に神宮外苑の自転車教室で小さい子供たちと一緒に練習していたのですが、ブレーキの使い過ぎで腕が筋肉痛になったのは今となっては良い思い出です。

2 スタンフォードでの研究生活(2019年1月~)

刺激的な環境

現在はStefano Ermon先生の研究室に所属して研究を行っています。先生の研究室はスタンフォードのコンピュータサイエンスの中でも特にレベルの高い研究室の一つで、NeurIPSやICMLといった機械学習のトップカンファレンスに毎回複数本の論文が採択されています。そのような環境に身を置いて感じたことが二つあります。

一つは学生の積極性です。週次の研究室ミーティング以外にもセミナーや授業など色々参加して情報収集を行っていますが、学生の積極性の高さは非常に印象的でした。ランチセミナーなどではトークと質問の比率が1:1、場合によっては質疑の時間の方が長いことも。自分のテーマ以外のことでも納得するまで質問し続ける貪欲さに、弱気なわたしとのマインドの強さの違いを感じます。

もう一つは規模感。世界から人が集まる分、優秀な先生や学生の数が違います。コンピュータサイエンスだけで教官が数十人、Ph.Dの院生が数百人。フロアや部屋のそこかしこで日常的に議論が行われており、研究力の強さを実感します。カンファレンスの採択数で全大学トップをとるのも納得。日本のトップ層と質はそんなに変わらないと思うのですが、数はパワーです。これを相手に日本はどう戦えばいいのか・・・絶望感も味わいましたが、結局はわたしたち一人ひとりがスキルを高めて底上げしていくしかないと割り切りました。悩んでいては前に進めません。

研究生活

なんとなく遊んで過ごしている印象を持たれたかもしれませんが、ミッションの1つはトップカンファレンスでの研究発表。これだけ凄い環境にいるからには成果もドカンと残さなければ、ということです。そういうプレッシャーの中、始めの数ヶ月はなかなか思うように研究が進みませんでした。素早く結果を出すことを狙って、過去の自身の研究に近い金融×機械学習のテーマを選んだのですが、これが大誤算。周囲に金融応用研究に興味がある学生がいないこともあり、ひとりで悩むだけの時間が多く、次第に焦りが募りました。当たり前ですが、いくら環境がよくてもそれに適応して活かせないと意味がないのです。

どのように打開するか考えた結果、研究の軸足をAI・機械学習の理論に近いところに移すことにしました。研究テーマの立て直しになるので非常に遠回りですし、現在の業務にダイレクトに繋がるわけではないのですが、AI・機械学習のスキルを磨きながら現在いる環境を活かす、という点では最善だろうと判断。結果的にはこれが正解だったと思います(思いたいです)。研究に詰まったら気軽に意見をもらうことができますし、優秀な学生と共同研究の形にも持ち込むことができました。不慣れな分野なこともあり時間はかかりましたが、何とかトップカンファレンスへの投稿までは辿り着きました。とはいえ採択に至らないと駄目なので、まだまだ気は抜けません。先日は、カンファレンス論文投稿前の学生中心のPaperSwap(論文読み回し会)にも参加。交換した学生は、〆切2日前なのに実験結果は出揃っておらず、ページ数も大幅超過しており、こういうところは学生時代の自分と同じみたいで少し安心しました。といっても、もちろん分析結果はしっかり良いものが出ていましたが。

多種多様な出会い

シリコンバレーは世界各国から様々な人が集まる場所。学外でも出会いはあちこちに転がっています。日本に居たときのように引き籠ってばかりではモッタイナイ。例えば英会話のミートアップのようなテクノロジーと関係なさそうな場でも、GoogleやFacebookといったトップ企業のエンジニアと普通に知り合えるのはとても恵まれていると想います。IT人材の密度の濃さが違うことを実感。また、わたしのように客員研究員として日本から来ている方が企業・アカデミックともに結構います。色んな分野から人が集まっており、別領域の最先端の話を聞くのも刺激になります。短期の方も多いので、別れも頻繁にあるのは寂しいですけど。

広大な敷地で気分転換

スタンフォード大学のキャンパスは大変広いことで有名で、実際に訪れてみるとその広さに圧倒されます。大学敷地面積で世界2位、学内の自転車移動は雨の日でも当たり前、という物理的な広さもさることながら、高い建物がなく、建物の間隔もゆったりしており、単純な広さ以上の開放感を味わえます。研究に行き詰まったときには外に出て簡単に気分転換できるのは、日本にはないメリット。さらには敷地内に瞑想ルームもあるなど、研究環境として本当に申し分ありません。うちの会社もゴニョゴニョ・・・

大自然でのリフレッシュ

学内だけでなく、学外の自然も雄大です。シリコンバレーという名前だけからだと想像しづらいですが、ハイキングやウォーキング向きの場所がベイエリアには無数に存在しています。春〜秋にかけては、週末はこちらでできた友人たちとハイキングやフルーツ狩りに行ってリフレッシュしました。

もちろんアメリカ全域には、さらに大自然が広がっています。昨年は、高さ100mを超える壮大な森林、氷河に削られてできた美しい山々などを訪れ、大自然に圧倒されました。

3 学会への参加

学会での情報収集

AIや機械学習のカンファレンスは各国で開催されていますが、大きなものは米国周辺で行われることが多いです。そうしたイベントには積極的に参加し、情報収集や人脈作りを行っています。

こちらは昨年12月に参加してきたNeurIPSの写真。年々参加者が指数関数的に増えており、昨年は10,000人以上。ポスターセッションでは、その大半がポスター会場に集結するので、熱気も物凄いことになっていました(初日は入場制限!)。気になるポスターには大体人だかりができており、話を聞くのも一苦労。金融分野の学会と比べると、一目見たときの分かりやすさを重視しているポスターが多かったのが印象的でした。数も多い分、目を引くのが重要ということでしょうか。

これだけ規模が大きくなると、研究者との交流もなかなか大変です。人が多すぎて誰に話しかければいいか困りますし、相手が全然積極的でないこともしばしばあります。

そんな中で有用だったのが、公式アプリ上でのミートアップ。研究トピック別に色んな集まりが募集されており、興味ありそうな相手と効率的に話をすることができます。わたしも現在取り組んでいる研究領域のミートアップに参加して、各国の研究者の話を色々と聞いてきました。あるミートアップでは50人以上集まって、ランチができる場所が見つからずにバラバラに・・・なんてこともありましたが。やっぱり10,000人は色々限界かもしれません。

最近の機械学習の学会では、講演の大半がWeb上でほぼラグなしで視聴できるなど、かなり電子化が進んでいます。となると、ポスターセッションやミートアップでの他の研究者とのリアルな交流は、学会参加の意義としてより重要性を増していくのでは思います。

変わりゆくAI研究

NeurIPSでは1,000件以上の最先端の研究が発表されましたが、一つの大きな流れとして、より「人間らしい」AIを作ろうという機運を感じました。単に分類問題を解くだけではない、物事の因果関係を理解できるようなAIや、少ないデータから本質的な関係性を学習できるAI。つまり、人間がもつ本質的な理解能力・学習能力を兼ね備えたAIが目標です。そのための直接的なアプローチとして、脳科学と絡めた研究も少なからずありました。例えば、機械学習による言葉の意味解釈と、その言葉を聞いた人間の脳波とを対応させた学習を行い、人間の言語理解に迫ろうとする研究は専門外ながらインパクトを受けました。 こうした研究の代表的な発表として、講演動画の中で再生数がトップのBengio先生の基調講演が参考になるので、興味をもたれた方はおすすめです。

金融分野でのAI活用

NeurIPSのような大きなカンファレンスでは金融分野のワークショップもあります。当然キャッチアップしていますが、正直なところ、AIの進展スピードほどには、金融分野、特に資産運用へのAI活用研究は進んでいません。この一因には、研究成果をあまりオープンにしない金融界(特に外資の大企業やヘッジファンド)の文化がありますが、それ以外の要因として、解きたい問題の難しさが挙げられます。資産運用での典型的なタスクである将来予測は、企業行動や世界情勢など様々な潜在要因によって結果が決まる、非常に不確実性の高い問題で、既存のAI研究を直接当てはめても効果が限定的なことが多いです。ですが、前述のようにAI研究は次世代に進もうとしています。その中で、金融分野における現実の問題に適した技術も発展し、またよりオープンになっていくことでしょう。わたし自身もそこに関われればと思っています。

4 おわりに

1年間を振り返ってみて、渡米前に思い描いていた自身の理想には全然届いていませんが、1年前よりも視野が開けたように感じます。日々の業務から離れ、様々な研究を実務的な視点をもって聞くことで、問題の本質はどこか、他のどの研究と繋がりがありそうか、などを以前よりも見抜きやすくなりました。もちろん、単純な研究力も1年前より上がりました(自分調べ)。

昨年は研究テーマ1つに集中して、それ以外がやや疎かになっていたので、残り1年弱は人脈の拡大やビジネスに繋がる研究にも勤しみ、こちらでの時間を無駄にしないように過ごしたいと思います。

いちおう狭いながらも道は拓きましたので、今後は同様の形で海外に行きやすくなるはずです。企業で働きつつ、グローバルに活躍する研究者を目指したいという方は、わたしに直接(tashiro@mtec-institute.co.jp)またはMTECへご連絡ください。

長々とお付き合いいただきありがとうございました

以上

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